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2010/04/28 Wednesday 10:01:50 ICT |
円借款事業のカントー橋の開通式典が24日、メコンデルタの中心都市カントーで行われた。2004年10月に着工したが07年9月に55人の死者を出す 事故で10カ月間工事が中断しており、1年以上遅れて完成した。グエン・タン・ズン首相らが渡り初めを行い、同日午後には通行が可能となった。カントー橋 の開通で国道1号線のフェリー区間がなくなり、最北ランソンから最南カマウまでの国道1号線2,220キロが1本でつながった。
■東南アジア最長
カントー橋は、ベトナム南部のビンロン省とカントー市を結び、294億7,300万円の特別円借款事業などとして供与された。97年7月に事業化調査 (FS)が始まり、13年越しの事業だ。
カントー橋の主橋は2面吊の斜張橋で、片側2.5車線、全長は1,010メートル。主塔間の長さは550メートルとなり、東南アジアでは最長の斜張橋 だ。アプローチ橋を含めると全長2,750メートルとなる。
設計・施工監理は日本工営と長大のJV(共同企業体)、施工は大成建設・鹿島・新日鉄エンジニアリングのJVが請け負った。なお、主橋・アプローチ橋の ほかに連絡(アクセス)道路もあり、一部建設中のこれらを含めると総延長は15.85キロとなる。
式典には約1,000人が出席。ホー・ギア・ズン交通運輸相、日本工営・廣瀬典昭社長、大成建設・葉山莞児会長、国際協力機構(JICA)・築野元則ベ トナム事務所長、坂場三男・駐ベトナム大使、グエン・タン・ズン首相の順に挨拶した。
坂場大使は、橋が完成して思うこととして「不等沈下を原因とする事故により亡くなった方へのご冥福と負傷者の1日も早い社会復帰を祈る」と述べた。ま た、「ベトナムのインフラ整備に日本が関与できることは喜ばしい」とし、日本は今後もインフラ支援に協力する姿勢を示した。
ズン首相は、「橋の開通がメコンデルタ1,500万人住民の経済発展に寄与する」と強調。事故については「犠牲者に思いを馳せている。事故を教訓として 安全管理を」と最後に述べたが、事故関連に多くの時間を割いた日本の各代表とは対称的に短い扱いだった。
なお、事故現場近くに設けられた犠牲者の慰霊碑には、ズン交通運輸相や日本の関係者らが、開通の前日に訪れた。
■事故原因は不等沈下か
07年9月26日に起きたカントー橋アプローチ道路の橋げた崩落事故について、日本人専門家も関与したベトナムの国家事故調査委員会(SCI)は08年 7月、事故原因は12ミリ以上にも達した不等沈下が原因だと報告。沈下が狭い範囲に集中したためボルトが破壊、上部構造物のコンクリート桁を支える仮設の 支保工崩壊につながったとし、設計・施工ミスなど人為的な問題ではないと結論付けた。
通常、仮設構造物の監理責任は、施工コンサルではなく、建設会社が負う。同部分の施工は共同企業体(JV)筆頭の大成建設が行った。
ただ、仮設構造物である支保工を本体の橋脚と同じ安全基準で造ることはあり得ない。資源高による収益圧迫、企業間の関係など複合的な要素の中で起こる、 「安全とコスト増」の相反するベクトルのかじ取りの難しさが、今回の事故の遠因かもしれないが、事故調査報告書にはこうした内容は盛り込まれなかったよう だ。
なお事故後、日本では「カントー橋崩落事故再発防止検討会議」が設置され、円借款案件全体の安全点検の周知徹底や検査の強化が図られている。
■ホーチミンから3時間
ホーチミン市からカントーまでは200キロだが、ハウザン川(メコン川)のフェリーでの待ち時間が解消され、3時間で結ばれる。ホーチミン市とティエン ザン省チュンルオンを結ぶ高速道路(全長62キロ)も今年2月に開通。同高速とホーチミン市1区中心部をつなぐ円借款事業の東西ハイウェーも昨年9月に完 成したため一気に近くなった。フェリーの所要時間は約25分で、カントー橋の時間短縮効果は20分と言われるが、開通前日にはフェリー待ちが最大4時間に 及ぶなど、ボトルネックとなっていただけに、その効果は大きい。
カントー橋は当面、通行料が無料。同橋の開通によって、約100年営業していたフェリーが廃止された。橋りょう運営のカントー橋開発管理社に一部職員は 移管されるほか、職員が失業しないよう留意されるという。ベトナムネットによると、フェリーは13隻で運航し、1日平均バイク6万台、自動車8,000 台、8万人が利用していた。
カントー橋の開通は、コメやエビ、ナマズなどの農水産物の輸出拠点となっているメコンデルタの経済圏を大きく変化させる可能性を秘めている。
(NNA)
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